不登校だった僕

不登校だった僕

不登校だった僕が不登校になったキッカケと今思うこと。

いじめの始まりは?テレビからも?

今全国の学校ではいじめが問題になっています。

全国で問題になると言うのは如何なものかと思いますが、悲しいことにどの学校に行っても殆どの場所でいじめがあります。

 

今回のブログでは、いじめの原因、いじめはどうやって始まるのか?

その例をご紹介します。

 

 

いじめはどうやって始まる?

いじめに悩む女の人


いじめに苦しめられている人は、何故自分がいじめられているのか、分かっていない場合が殆どです。

 

僕も分かっていませんでした。

 

いじめから逃れ大人になり、

過去を思い返すと客観的視点と経験からいじめが始まる理由が見えてきました。

 

本人から始まるいじめ

本人がきっかけで始まるいじめ、いわゆる「いじめられる側にも原因がある」場合です。

たとえ原因があっても今いじめられていい理由にはなりませんが、始まる原因がある場合もあります。

 

別記事でご紹介していますので、興味がある方はご覧下さい。

いじめられている側の原因について考慮 - 不登校だった僕

 

 

 

周りの影響から始まるいじめ

これから紹介するものは、いじめられる側に原因があってもなくても共通することです。

 

周りの影響を受けてと言うのはいじめっ子が周りの影響を受けてという意味です。

 

大人の会話、父や母との友達同士の会話から来ているものもあります。

 

子供は親や周りの大人の影響を受けて育ちます。

 

親御さんの中には、子供を連れて友達と遊ぶ人もかなり居るでしょう。

 

親同士の友達との話し方や、行動からも学習します。

 

例えば、大人であれば付き合いの中で、相手に対してこれはOK、これはNGと言った具合で、話題や接し方の善し悪しを判断した上で接します。

 

人によっては良くても人によってはダメと言った性格を見て接し方を変えていきます。

 

これは初対面でも近しい人でも関係なくです。

 

初対面で善し悪しを判断せずに接している人は少ないでしょう。

 

もし、そんなことをしていれば、俗に言う「失礼に当たる」と言うことになります。

 

もっと簡単に説明すれば、家にかなり広めのお風呂があったとします。

父親は息子に一緒に風呂に入ろうといい、また息子もそれを嫌とも思わず了承します。

それが娘になると、嫌がられると分かっているので父は一緒に入ろうとすら言いません。

 

もちろん中には、息子でも嫌がったり、娘でも気にしなかったりしますが、この場合は考えずに、大体の傾向で表しています。

 

このように、親しい家族内であっても娘と息子で接し方の善し悪しを使い分けています。

 

 

ここで、子供の話に戻りますが、

子供は親の会話や、親の友達との関わり方も見ています。

しかし、大人と同じように、接し方や限度の善し悪しが判断できるほど発達していません。

 

その結果何が起こるかといえば、接し方の善し悪しを判断出来ずに大人の真似をして人と接します。

 

そうすると、当然嫌なこともされるので、それがきっかけでいじめられる様になる可能性もありますし、

 

嫌な接し方をした事で、相手から距離を置かれ、

距離を置かれたことに苛立ちを感じ、いじめや嫌がらせをするいじめっ子になる可能性があります。

 

また、大人が気を付けていても、

学校で、先輩や同級生などの外部関りがあり

その行動を見て学ぶので、先輩や同級生がいじめている相手には

自分もそうしていいんだ、この人は大丈夫。

といった間違った認識をしてしまいます。

 

ただ、こういたことを言うと、いじめがあるのは大人や周りのせいで、いじめっ子は悪くないと、かばっているように見えるので念のため言っておきますが、

 

周りの影響が切欠かもしれませんが、それを始めるかどうかは当人次第ですし、

始めても、断続して続けているのはいじめっ子が面白いと思っているからなので

周りの環境があろうと、いじめっ子が一番悪いと思っています。

 

行動の良し悪しの判別がつかなくても、つまらないことを継続して繰り返すほど

機械的な感性の持ち主ではないはずです。

 

 

 

いじめはテレビからも?

テレビもいじめの始まりを助長する可能性があります。

 

 

テレビではボケとツッコミの漫才だったり、ドッキリだったり、トークだったりと、様々なことで笑わせてくれます。

 

テレビでやっていたことを話したり、実践したりすると、それだけで話のネタになったり笑いが取れたりします。

 

 

テレビでは芸人数人がもみくちゃになり、1人の服を脱がします。

 

テレビでは漫才でボケ役の人を思い切り叩きます。

 

テレビではドッキリのためにシャワールームにカメラを仕掛けます。

 

テレビでは暗い過去やコンプレックス(スキャンダル)をいじります。

 

テレビでは花火を頭からかぶせます。

 

 

他にも色々ありますが、こう言ったことでも笑いが起き、実際にお茶の間も笑ってしまいます。

 

しかし、これが実際に自分にそのまま再現されればどうでしょうか?

 

どれも犯罪や嫌がらせに近いものになってしまいます。

 

大人は相手との接し方や限度をわきまえた上で上記のような事をやらなかったり、自分なりにアレンジして実践したりします。

 

しかし子供は限度を知りません。

 

ただ、自分がした事で笑ってもらえれば、それが嬉しくて、例えその笑いが人を利用してとった笑いでも自分が面白い人間と認識して、

更にエスカレートして行きます。

 

 

テレビに出ている人達のように

自らその世界に足を踏み入れ、

 

その1回を耐えれば数万〜数十万のお金が貰えたりする人気タレントでもなければ

 

お互いに許可を出し、言葉でわかりあって、

一緒に夢を追いかけてる芸人でもなく

 

全裸になっても最低限のプライバシーは守られるような加工技術を持つスタッフがいる訳でもなく、

 

怪我をしても直ぐに見てもらえる訳でもなく、保証がされる訳でもない。

 

テレビの内容を、限度を理解せずに、そのまま再現すれば、それはいじめでしかありません。

 

 

また、逆にテレビの内容をそのまま再現することで嫌われ、いじめられる側になる可能性もあります。

 

テレビの企画で実際に怪我をしているタレントや芸人さんもいます。

 

テレビの様に笑いでは済まないことがあります。

 

 

 

まとめ

今回はいじめの始まり方をご紹介しました。

最後のテレビから始まるいじめは、

決してテレビ批判ではありません。

 

僕自身もテレビが好きですし、これ以上規制されれば面白くなくなると思います。

 

テレビからいじりやいじめが始まると言うのは間違いなくあります。

しかし、逆にテレビは

いじめられっ子や、社会に出てストレスを貯めている人のストレスのはけ口である事もあります。

 

なので、いじめを無くすために、いじめっ子の親御さんや、まだいじめっ子になっていないだけの子供や、まだいじめられっ子になっていない子供の親御さんの教育と協力が必要です。