不登校だった僕

不登校だった僕

不登校だった僕が不登校になったキッカケと今思うこと。

いじめられている側の原因について考慮

昔から一部の人間の間で言われているなかで

「いじめられている側にも原因がある」

というものがあります。

 

この記事ではそういった、一見すると一般的な意見の逆を唱えているものなども含め、いじめに対して言われているものについて僕の考えをまとめました。

 

 

いじめられる側にも原因があるについて

原因


この意見はかなり昔から一部の人が唱えている意見ですが、9割型間違っていると思います。

 

なぜ9割なのかといえば、原因がある場合もあるからです。

 

何もしていないのにいじめられた人は、これには当てはまりませんが、

いじめられている人の中には、いじめが始まるきっかけや原因がある人もいます。

 

例えば、ちょっとしたことで人を傷つけてしまったり、自分では気づかない癖や性格で友達を傷つけてしまったり、もともと自分がいじめっ子だったり。

 

原因の範囲は様々ですがこういった事もあります。

 

自分が元々いじめっ子だった場合や、意図的に人を傷つけていた人は自業自得とも言えますが、たった一度の失敗や、自分でも気づかないことが原因でいじめられている人は、例え自分に原因があろうとも、いじめられて良い理由にはなりません。

 

いじめっ子だった人や意図的に人を傷つけていた人は、

 

例えるなら、道に小石を見つけると、わざと蹴って

人に当てる人です。

 

それを注意されても意図的にしている人は気にも止めません。

 

毎回特定の人間に当てるかどうかは様々ですが、

その当てていた人達から同じことを反撃されても文句は言えません。

 

ですが、一度の失敗や気付かないことが原因でいじめられている人は、

気付かずに道の小石を蹴って人に当ててしまったり、たった一度、人に意図的に当ててしまったことが原因で同じことを反撃されます。

 

意図的に毎回当てていた人は、意図的に毎回当てられることで、

 

一度だけ最初に当ててしまった人は、一度、や二度、多くても三度反撃を受けることで、

 

気付かずに当ててしまっている人は口頭注意やそれに多くても一度や二度反撃を受けることで

 

罪の清算はできているとおもいます。

 

ですが、今のいじめの現状は、小石を人に当ててしまうと、最初はムカつかれて小石を当てられるという反撃をもらい、いじめっ子が優位に立つことで、だんだんとムカつきから面白がるようになり、小石のサイズも大きくなっていき、最終的には岩で頭を殴られるといったようになります。

 

規模を大きくすれば、人を一人殺したことで、殺された遺族から、殺人犯の家族を全員殺されるとします。

 

そうすると意見が割れることもあり、僕は殺人犯への同情はできませんが、殺された被害者や殺人犯の家族には同情します。

 

 

ですが、現在原因があっていじめられている人は、人を殺すほどの罪を犯していない人が殆どですし、

意図的ではなく小石を蹴ってぶつけてしまった人たちで、岩で頭を殴られて良い程の事はしていません

 

そう考えれば、原因はあれど、すでに清算できているので、

圧倒的にいじめっ子が悪いと思います。

 

中には、反撃しないのが悪いといった意見も聞きますが、正直いって無理です。

 

毎日暴力を振るわれ、反撃すればさらに酷く暴力を振るわれるという事をしていれば染み付いた恐怖で反撃などできません。

 

いじめっ子に反撃しないのは正解でもありませんが、間違いでも悪いことでもなく、それが普通です。

 

つまり、いじめられた原因があったとしても、それがいじめていい、いじめられていい理由にはなりません。

 

いじめに負けるなについて

戦う


よく、元いじめられっこの著名人が口にしますが、これを何も考えずに言っているのであれば、それはいじめから運良く逃れることができたからこそ言える事であって、

 

今現在いじめられている人で、すでに不登校やひきこもりになってしまっている人はいじめに勝つ気など起きないくらいに精神が疲弊しきっています。

 

ただ、著名人がいじめられた過去を話した上でいじめに負けるなと発信すれば、それで救われたり、勇気が出たりする人も大勢いるのでとてもありがたいことだと思います。

 

 

そして、よく考慮すれば、いじめに負けるなと言うのは、

いじめに勝てと言っているわけでは無いのではないかと思います。

 

上記の『いじめられている側にも原因がある』でも少し話しましたが、いじめを受けている人は反撃の勇気なんて出せません。

 

むしろ、反撃する選択肢など論外と言うくらいに恐怖が染み付いています。

 

そこで取れる対応は、いじめから逃げること。

 

何をもっていじめに対して勝ち負けを言うのか分かりませんし、

大人を使って解決する事で

いじめに勝ったと言えば良いのがどうかも分かりません。

 

それで終わったとしても理不尽なことが終わっただけという普通のことだからです。

 

いじめの勝ち負けは人それぞれなのでなんとも言えませんが、当時の僕にとっていじめに勝つとは、いじめっ子に同じことをするか、自分の中の恨みが全てなくなるくらいにボコボコにする事で、いじめをなくすことでした。

 

なので、当時の僕のような人や、学校という子供の社会では逃げる事になるのかもしれませんが、自分だけでの解決方法の無い問題から逃げる事に何の恥もありません。

 

親や学校の協力を仰いで逃げてしまえばいいわけです。

そこで逃げずに耐えて死んしまったり、心身の成長に悪影響を及ぼしてリスクを背負うのではなく、一度逃げた後、将来的に、暴力でなく、いじめに勝つと言うことは可能かもしれません。

 

一度逃げて、心身への悪影響をなくし、将来的な仕事などでいじめっ子たちに勝つ見込みは充分にあります。

いじめっこは学校に来るなについて

拒否する


これは至極真っ当な意見で、これができれば最も良いのですが、現実的に難しいのかなと考えます。

 

というのも、親や先生に言えずにいる

いじめもありますし、生徒が死んだり、不登校になるまで学校側が気付かなかったり、そうなっても原因がわからないと言った現状があります。

 

また、仮にいじめっ子を出校停止にする対応が取られるとしましょう。

 

親や先生に相談してその措置が取られると、

下手をするとそれが原因で、まだ表に出ていないいじめっ子からの更なるいじめの悪化や、

学校外でのいじめに発展する可能性もあります。

 

さらに言えば、学校側が何を持っていじめと判断するかです。

生徒の話だけを鵜呑みにして出校停止にすれば、何もしていない子の出校停止など、出校停止を利用したいじめが起こる可能性もあります。

 

逆に、生徒だけで判別しない場合は、聞いて調べたとしても、

分からなければ出校停止にできませんし、わかった範囲だけ出校停止にしても上記で述べたように、表に出ていない生徒からのいじめの悪化や学校外でのいじめの発展につながる恐れがあります。

 

証拠を示すために動画やボイスレコーダーなどを利用するのであれば、確実かもしれませんが、そう言った証拠を残せるのであれば、現在でも法的措置をとることが出来、より確実にイジメを無くすことができます。

 

なので、もし、完璧な状態での対策ができるのであればいじめっ子を学校に来させないと言うのはとても良いと思います。

まとめ

今回はいじめについて飛び交う意見の中で、

特に多い意見について僕なりの考えをまとめました。

 

いじめの問題解決は難しいことが多く、

場合によっては、よく対策を練らないといじめの悪化につながる可能性すら出てきます。

 

そうならないためにも、今イジメを受けている子は、

より確実な対策を考えてもらうために、自分の現状と不安を大人へ相談し、

相談を受けた大人は状況に応じた最適な対策を子供や教師、親と一緒に考慮した方が良いかもしれません。